2004年02月10日

夏への扉 / ロバート・A・ハインライン(ハヤカワ文庫)

 中学生の頃、小説を読み始めた時、最初にはまったのがSF小説だった。友達の間では星新一が人気があったが、僕は何故か豊田有恒に夢中になった。子供向けじゃない小説にはちょっとエッチな話とかもあり、僕はワクワクしながら読んだ。
 その後、中学生にありがちな芥川とか太宰とかを読むようになって自然とSFからは遠のいてしまった。そんな僕だけど今でもたまに読み返すSFがある。それがハインラインの「夏への扉」だ。
 物語は冷凍睡眠の話とか、もちろん夢中になって読めるのだけど、僕が惹かれるのは主人公が飼っている猫のピートなのだ。ジンジャーエールが大好きなこの猫は物語の最後まで僕を魅了してやまない。猫がペットの域に留まることなく人生の伴侶になりうる存在だという事を改めて感じさせてくれる。冬の今、僕もピートと同じように夏への扉を探しまわっているところだ。

夏への扉
posted by 慈音 at 23:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 慈音書房 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年02月07日

反逆する風景/辺見庸(講談社文庫)

 辺見庸が好きだ。難しい事をかっこつける事なくさらりと文章にする。自然体で読みやすい。普段、敬遠しがちな社会問題も辺見庸が問題定義すると感心を持つ。僕にとって社会生活を送る上での先生みたいな人。

 井の頭公園が好きで、よく出かける。池の縁にあるベンチに座って物思いに耽るのが好きだ。隣には自然文化園があり、そこに動物園もある。簡単な遊技施設もあり、休日は家族連れなどでいっぱいになる。

 昔、動物園に行った時、中の風景が何か変わっている事に気づいた。思いを巡らせてみると、そこにあった小さな観覧車が無くなっていたのだ。その小さな観覧車を見る度に、訳もなく切ない気持ちになったものだが、無くなっているのを見た時、「一度くらい乗っておけばよかった」と後悔した。物事には必ず終わりがあるのだという事を改めて悟った出来事だった。

 辺見庸の「反逆する風景」を読んだ時、この観覧車に関する文章があって、びっくりした。この人もあの観覧車のある風景が好きだったんだなあと思うと嬉しかった。自分がずっと見て来た風景がかわってしまうのはやはり切ない。

反逆
posted by 慈音 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 慈音書房 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年02月05日

TO-Y

 僕は漫画をほとんど読まないのだけど、過去に一つだけ夢中になって読んだ作品がある。それが上條淳士の「TO-Y」だ。もう17年位前の話だけど、コミックスはいまだに持っている。話の内容は音楽もので、トーイという一人の少年のロックな生活を描いたもの。ストーリー自体おもしろかったが、何より絵がすごかった。綺麗で繊細で、スクリーン・トーンの使い方も斬新で、かっこよかった。その後、このスタイルは現在まで様々な作品に影響を与えていると思う。

 トーイ自身かっこよかったけど、僕がトーイ以上に好きになったのがトーイのファンとして登場して、その後、トーイと精神的繋がりを深めて、多分トーイにとって誰よりも大切な存在になったニヤという女の娘だ。その当時、ある意味僕の理想の女の娘のイメージにぴったりで、その天真爛漫で純粋な心にものすごく惹かれた。
 ニヤはトーイが大好きなんだけど、他の女の子が考える好きとは何か違うと日頃思っている。その気持ちは物語の最後まで引き継がれて、ある日その答えを見つける。父親の都合で日本を離れなければならないかも知れない状況の中でニヤはトーイの歌う姿を見て、歌を聴いて、自分の気持ちを確信する。トーイに対する「好き」の答え、それは歌っている時のトーイが好きだという事。その気持ちに気づいた時、ニヤは父親と一緒に行く事を決心する。

niya

 今でもニヤはあの頃と何も変わらないまま、僕の心の中にいる。
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2004年02月01日

吉祥寺に住んでいたすごいおじいちゃん

 恋人よ。
 たうとう僕は
 あなたのうんこになりました。

 金子光晴/もう一篇の詩 から 「人間の悲劇」収録

 この金子光晴の詩との出会いは衝撃的だった。口に出して読んだ時の強烈なインパクトは完全に僕をノックアウトした。恋人に食べられて、消化されて、うんこになって、トイレで出されて、それでお終い・・・そんな究極の愛情を「うんこ」という言葉に託したこの詩は何度読み返しても鳥肌がたつ。言葉の持つ強靱なパワーを思い知る。まさに言霊のなせる技か。
 吉祥寺を歩き回る時、いつも金子光晴の事を思う。この同じ道を散歩したりしていたんだなあ・・・と思うと、それだけでせつなくなる。
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2004年01月07日

TOKYO PORTFORIO / 小林基行(新潮社)

 小林基行という写真家の「トーキョー・ポートフォリオ」(新潮社)という写真集を持っている。鈴木一真、坂田かよ、りょう、小田まゆみ、津野貴生、櫻田宗久といった今をときめくモデル達の飾らない日常を記録したものだ。今では俳優や女優になった人もいるけどね。
 まず表紙の小田まゆみの写真に惹きつけられた。鋭い視線の女の子が左手にカップヌードルを持った写真はすごくかっこよかった。小田まゆみに限らず、みんな瞳が強烈だ。ものすごい力を見る者に放ってくる。それぞれが個性的で、陳腐な表現だけれども、何か危ない魅力を持っている。やはりその人の精神状態や体調は瞳に表れるものだと思う。
 この中では小田まゆみ、りょう、坂田かよの写真が大好きだ。横たわったまま瞳を閉じて指をくわえている小田まゆみ。電車が通り過ぎる地下鉄のホームでカメラのファインダーを睨みつける坂田かよ。洗面所で顔を洗いながら照れくさそうにしているりょう。みんな、かっこいいぜ。

トーキョー
posted by 慈音 at 23:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 慈音書房 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする