2004年07月03日

四輪自転車

 小学生の時の友達に自転車屋の息子がいて、いつも最新型の自転車に乗っていて、みんなの憧れだった。
 そんな彼がある日、四輪のゴーカートみたいな自転車で現れた時はみんなびっくりした。一人乗りのちゃんとペダルで漕いで走るもので、もうカッコいいったらなかった。当然、みんなそれに乗りたがって、みんなでジャンケンをして交代で乗せてもらった。車道を走る車を横目に歩道をよたよた走る四輪自転車はほんとカッコよかった。
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2004年07月02日

ラジカセの記憶

 僕が買った初めてのラジカセはSONYのジルバップというシリーズのものだった。中学一年生の頃だ。今みたいに丸っこい形じゃなく箱形で12pの比較的大きなスピーカーが付いていて、見た目もカッコよかった。
 FMでたくさんの曲と出会った。エアチェックもやった。お気に入りの曲を集めたカセットがいっぱい出来た。AMの深夜放送にもはまった。10年くらい使ってカセットの再生部分が壊れた。それでも愛着があったので、ラジオはそれで聴いていた。でも最終的には処分した。ゴミ置き場に持って行き、置いて帰って来る時はやはり切なかった。
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2004年07月01日

かわいい思い出

 僕の初めてのデートは小学五年生の時で、しかもダブルデートというものだった。
 転校した時、同じクラスにとってもかわいい娘がいた。僕は仲良くなった友達とよくその娘の話をしていたんだけど、その友達が日曜日にその娘を誘って遊びに行こうと言い出した。話はトントン拍子に決まり、僕と友達とその娘とその娘の友達と計四人で遊びに行く事になった。
 当日、僕達は集合場所に集まり、その街では有名なある公園に行く事にした。僕達、男二人はとにかくはずかしくてなかなか話しかけられなくて女の娘達はきっとつまらなかっただろうと思う。公園でお弁当を食べてブランコに乗ったり、散策したりして過ごした。帰る時にその娘とちょっとだけ手をつないで歩いた事だけが唯一デートらしい出来事だったと思う。
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2004年06月30日

サンダーバード

 子供の頃、「サンダーバード」を見るのが大好きだった。もちろん再放送なんだけど、ワクワクしながら見ていた。中でも僕が好きだったのはスコットやバージルが1号や2号に乗り込む場面だ。特にバージルが二号に乗り込むシーンは大好きだった。滑り台みたいな通路を寝たまま通り、そのまま二号の操縦室の座席に座るというだけのシーンなんだけど、何故かワクワクして見ていた。外で遊ぶ時、滑り台で真似をして逆さまに頭から降りて、しこたま頭を打って痛い思いをした事もあった。
 この夏、「サンダーバード」が映画として公開されるけど、ちょっとだけ映画の2号を見て、形が微妙に違っていてがっかりした。心の中で、「あんなのは2号じゃないやい」なんて思ってしまった。
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2004年06月29日

大間山

 僕が小学五年生の時に引っ越した家は大間山(標高225m)という山の麓にあった。引っ越す前はよく隣の三池山(標高338m)に登っていたが引っ越してからは大間山によく登った。
 家の近くに三池公園という有名な公園があり、そこまで裏道を通って出て、そこから大間山に登るのだ。友達と何人かで登る事もあれば、一人で登る事もあった。 一度、数人で自転車で登り(頂上近くまで車道がある)、帰りに自転車で山道をすっ飛ばして降りるという荒技までやった。案の定、一人がカーブの多い山道を曲がりきれず、木々の中に突っ込んでしまった。幸い軽い怪我ですんだが僕らは親たちにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
 結局その後、自転車で登る事は親たちに禁止されてしまった。歩いて登る時はちゃんと山道を通って頂上まで進んだ。頂上はそんなに広くなくて、でも街並みが見渡せて、天気がいい時は雲仙も見えたりして、とても綺麗だった。頂上でかくれんぼをするのが楽しみだった。蝶々やでっかい蟻やトンボ達にかこまれて遊ぶのは何よりも楽しかった。夏場なんかは二、三時間いるだけで真っ赤に日焼けした。今日、これを書いていて、また登りたいと思った。頂上から見る景色は本当に綺麗だった。
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2004年06月28日

梅が枝餅

 友達が土、日を利用して九州に旅行に行って来たらしい。太宰府にも行ったと聞き、昔、太宰府天満宮にお守りを買いに行った事を思い出した。その頃とても大切に思っていた高校の同級生が看護婦の国家試験を受ける時に、思い切って行ったのだ。何度か行った事のある太宰府は人であふれていて活気があった。お参りをして、お守りを買った。ついでに梅が枝餅も買って食べた。おいしかった。

 お守りが効いたのかどうかは定かではないが、彼女は無事に試験に合格した。とっても嬉しかったのを憶えている。切ないけど、いい思い出だ。
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2004年06月27日

青い自転車

 小学二年生の時、初めて自転車を買ってもらった。同級生の家が自転車屋さんだったので、そこで買った。青い自転車だった。嬉しかった。最初は補助輪つきで乗っていた。行動範囲が広がった。すぐに補助輪は外した。初めて小学校の近くまで遠乗りした時は胸がわくわくした。友達と数人で海まで出かけたり、いろんな所に行った。自転車で出かけて帰って来るといつも綺麗に手入れをした。僕にとって自転車はとても大切なものだった。その後何台か自転車を乗り換えたけど、その最初の自転車に一番愛着があったと思う。そして、僕が今持っている自転車ももちろん青色なのだ。
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2004年06月26日

自由軒のライスカレー

 小学生の頃、家にあった百科事典を見るのが大好きだった。小学館の全12巻のもので、そのときめきの世界に時間を忘れて没頭した。動物百科の虫や両生類のページなどカラーで紹介されている気持ち悪い生き物たちを気持ち悪いなあと思いつつも興味津々で眺めていた。

 そんな百科事典の中の一冊に街を紹介する所があって、全国のおいしい物やおみやげ品がいっぱい載っているページがあったんだけど、その中に僕をとてつもなく魅了する一品があった。その写真を見るたびに、「ああ、どんな味なんだろう?きっとうまいんだろうなあ」などと思っていた。
 それは何かというと、大阪は自由軒の、「ライスカレー」なのであります。カレーというよりはドライカレーに近いようなご飯の上に生卵がぽんとひとつ乗っかっているその食べ物は強く僕を惹きつけた。大人になって、大阪に行く機会もあったけど、何故かいまだに食べる事が出来ないでいる。というか自由軒は今でもあるのだろうか?
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2004年06月25日

長靴

 そう言えば、僕は小学生を卒業して以来、長靴を履いたことがないのに気付いた。雨が降ると長靴を履くのが好きだった。確か黄色い長靴だったと思う。歩いていると、大雨の時は長靴の中まで雨が入ってしまい、長靴の中でもチャプチャプ音がしている状態で、でもそれが何だか楽しくてわざと走ってチャプチャプ音をたてたりした。今日も雨の中を歩いたんだけど、もし長靴を履いていたら楽しい気分で歩けたかなあ。
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2004年06月23日

子供の頃のおやつ

 子供の頃、バナナの皮をむいてラップで包み、冷凍庫で凍らせて冷凍みかんならぬ冷凍バナナをよく作って食べた。カチカチに凍ったバナナは本当にカチカチで食べるのに一苦労なんだけど、それでも大好きだった。最近はアイス中毒気味で日々アイスを食べ続けているんだけど、久しぶりに冷凍バナナを作って食べてみたい気持ちになった。
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2004年06月22日

転校生

 昼間、初恋の事を考えて、小学生の時、転校先の学校で好きになった娘がいたけど、心焦がすような恋が初恋だと思うので、やはり初恋の娘は三月生まれという事になる。
 中学二年生の時の話だ。二学期に熊本の方から転校生の娘がやってきた。それで僕は一目惚れをしてしまったわけである。よくあるパターンだな。しかもいきなり隣の席にその娘が座る事になったのだ。純情な少年はもうそれだけでイチコロでした。すぐ仲良くなったんだけど、進展はなく、ただの友達としての日々が過ぎていった。
 消しゴムの貸し借りや教科書をわざと忘れて、机を並べて見せてもらうとか、そんな事だけでも嬉しかっったけど心の中ではどうしようもない切なさを我慢していた。結局、三年生になって違うクラスになり、しかもその娘が一学年上のサッカー部の先輩を好きだったという事がわかって、好きだという気持ちを伝える事も出来ずに僕の初恋は終わった。

 今思うと、転校生に一目惚れで、その娘がサッカー部の先輩が好きでっていう、あまりにもありきたりな話なので笑ってしまった。
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2004年06月21日

大切な場所

 19歳の頃の僕にとって、とても大切な場所であった久留米の筑後川の河原の景色を今日久しぶりに見る事が出来た。あの場所は本当にとても大切な場所で、河原に座ってたくさんの時間を過ごした。

 以前から久留米の話を僕としてくれた、光色のかけらのプリムローズさんが約束通り、河原の写真を撮ってきてくれた。
 今日サイトに遊びに行った時、その懐かしい景色の写真が貼ってあって思わず涙が出てしまった。写真の場所があの頃僕が座り込んでいた場所かどうかはわからないけれど、それでもその景色はどこからどう見てもあの筑後川の景色で、いろんな事を思い出して切なくなった。でも嬉しかった。
 今は遠くにあるけど、それでも大切な場所にかわりはないあの河原の景色を見る事が出来て本当に嬉しかった。

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2004年06月19日

駄菓子の記憶

 小学生の頃、校門を出てすぐの所に文房具やお菓子などを売っているお店があった。学校が終わると、一度家に帰り、ランドセルを放り投げて、お小遣いを握りしめてまた学校まで向かうのだ。
 学校に着くとそのお店で駄菓子類を買うのが毎日の楽しみだった。当たりくじ付きのガムや、5円せんべいや、割り箸に水飴をつけてオブラートでくるんだものや、ミニコーラとかそんなものを買って校庭で遊んでいた。
 今でも駄菓子ってなんて魅力的なんだろうと思う。10年ほど前、吉祥寺の中道商店街に駄菓子屋さんが出来て嬉しくなって行ってみた。でも僕がイメージするお店とは違っていてがっかりしたのを憶えている。
 小ぎれいにまとめられたそのお店は駄菓子屋であって、駄菓子屋ではなかった。駄菓子屋というものはやはり地域密着型で子供がたくさんいる場所だと思うのだ。そのお店は大人のための、ノスタルジーに浸るためだけにあるよなお店で、そんな所に違和感を抱いたのかも知れない。
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2004年06月18日

ラムネの味

 子供の頃、お墓参りをする時に密かな楽しみがあった。お墓参りそのものは子供にとっては退屈なものだったけど、それでも綺麗にお墓のまわりの雑草を取ったりしていた。
 で、その密かな楽しみと言うのは、お墓参りがすんで帰る途中に小さな商店があって、そこに寄って程良く冷えたラムネを飲む事なのだ。これが実においしかった。もうこれだけが楽しみでお墓参りに行っていたようなものだ。
 別に何でもない普通のラムネなんだけど、お墓参りという立派な事をした後だからこんなにおいしいんだという気持ちがあったのかも知れない。ほんとにあの店で飲んだラムネの味は最高においしかった。
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2004年06月16日

銭湯とりんご牛乳

 子供の頃、よく銭湯に行った。母と一緒に行ったんだけど、湯上がりに、「りんご牛乳」を飲むのが楽しみだった。あれは確かにりんご牛乳という名前だった気がする。もしかしたら九州だけのものかも知れない。普通の牛乳と同じく瓶に入っていて、ほのかに甘くて大好きな味だった。
 今は銭湯に行く事はないけれど、テレビなどで銭湯の話題が出ると、いつもあの、「りんご牛乳」の味を思い出して、ああ、また飲みたいなあと思ってしまう。
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2004年06月15日

蚊帳の記憶

 子供の頃、おばあちゃんの家で夜眠る時、夏場は蚊帳を使っていた。蚊帳と蚊取り線香がセットだった。呼吸が苦しくなるような事はなかったけど、気分的に圧迫感があって苦手だった。
 その後、これまで蚊帳を使う機会はなかったけど、今だったら蚊帳を使っても平気な気がする。あの何とも言えない夏の風情は、今ならちゃんとわかる気がするのだ。
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2004年06月14日

オートバイの音

 小学生の頃、毎月近所の本屋さんから、小学生向け学習雑誌をとっていた。いわゆる、「小学三年生」とか付録つきのものだ。毎月、発売日になると夕方、本屋のおじさんが配達してくれるのが待ち遠しかった。
 五年生の時、転校して、その本屋さんからは、かなり遠い所に引っ越したんだけど、引き続き配達してくれる事になった。転校した後の初めての発売日、僕は不安な気持ちで待っていた。いつもよりも少し遅い時間になり、聞き慣れたカブ号のエンジンの音が聞こえた時はほんとに嬉しかった。
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2004年06月12日

マラソンの記憶

 高校の頃、授業でマラソンをやった。体育の授業はあまり好きではなかったけど、マラソンの時だけは楽しかった。校内マラソン大会で走るコースがあって、授業中、校外に出てそのコースを走るのだが、誰にも気兼ねせず、一人でもくもくと走る事が出来て嬉しかった。田んぼを見渡しながら走っていると、それだけで爽快な気分になれた。今は無理せずに歩く事が好きなんだけど、たまに今でも走ってみたいと思う事がある。一度、青梅マラソンにでも出てみようかな。
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2004年06月11日

愛情の記憶

 子供の頃、父がいない時期があり、母が夜、仕事に出ていたため、僕は近所に住んでいたおばあちゃんの家で夜を過ごしていた。
 中学生になった頃、おばあちゃんが話してくれたんだけど、当時、一緒に寝ている時、無意識に手で横にちゃんと寝ているか確認していたらしい。僕自身、全然記憶にないんだけど、これは母にも言われた事がある。
 おばあちゃんといる時はおばあちゃんに頼るしかないから、僕のそんな気持ちが寝ている時にもそんな行動に表れたんだと思う。
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2004年06月09日

呉汁の記憶

 子供の頃、日曜日の朝の食事には必ず呉汁が出た。呉汁というのは一晩水につけた大豆をすり下ろしたものを入れたお味噌汁の事で、なかなか香ばしいものなんだけど、子供の頃はとにかくこの呉汁が嫌いだった。だから当然、日曜日の朝は憂鬱だった。父が呉汁を好きだという事も僕が呉汁を嫌いな原因のひとつだった。もしかしたら今でも実家では日曜日の朝に呉汁を食べているのかも知れない。家を出てからは一度も呉汁を食べた事がない。今だったら母の作る呉汁をおいしく食べる事が出来るかも知れないなあと思う。
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