2004年08月07日

ほおずき

 子供の頃、おばあちゃんと一緒にいると、おばあちゃんはほおずきの実を口にくわえて笛みたいに音を出してみせてくれた。綺麗な音色ではないけど、何だか心に響く音だった。僕も真似してやってみたけどうまくいかなかった。今でもほおずきで遊ぶ子供達はいるんだろうか。夕方やって来る豆腐屋さんのピーっという笛の音を聴きながら、そんな事を思った。
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2004年08月06日

ブルボンのお菓子

 子供の頃、ブルボンのお菓子が好きだった。母が買ってくるのはたいていブルボンのお菓子で、僕はよく食べていた。好きだったのは、「ルマンド」、「ホワイトロリータ」、「ルーベラ」、「バームロール」、「チョコリエール」などで、常にこのどれかが買い置きしてあった。
 最近、ブルボンのお菓子を食べてないなあと思っていたら、急に食べたくなった。というわけで今度たっぷり買い込んでこようと思う。
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2004年08月03日

おばあちゃんの記憶

 これはいまだに夢なのか実際にあった出来事なのかはっきりと思い出せないのだが、その光景ははっきりと憶えているのだ。

 幼少の頃、僕は宮崎の父方のおばあちゃんと一緒に歩いている。そこは宮崎ではなく僕が住んでいる街だ。僕はおばあちゃんに手をひかれて歩いている。季節は夏だ。おばあちゃんと僕は歩き疲れたらしく、甘味屋さんに入った。おばあちゃんはかき氷をふたつ注文した。涼しい店内。おばあちゃんは僕を見て微笑んでいる。

 おばあちゃんが家に来たのは何回かしかないので、これは本当にあった事なのか夢の記憶なのか定かではない。いつかおばあちゃんに訊いてみようと思いつつ、その時は忘れているのである。不思議な記憶だ。
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2004年08月02日

カレーの記憶

 子供の頃からお肉が苦手だった。幼少の頃は脂身を大好きな時期もあったりしたのだが、その後はずっと苦手だった。でもハンバーグとか加工してあるものは食べられたので、母は何とか僕にお肉を食べさせようといろいろ工夫してくれたみたいだ。だから家のカレーはずっと挽肉が入ったものだった。いわゆるキーマ・カレーというやつだ。あそこまで本格的ではないにしろ、母なりに考えて作ってくれていた。カレー好きな人は、「やはりカレーは家のカレーが一番だ」という人は多いと思うが、食欲の戻って来たこの暑さの中、久しぶりに家のカレーが食べたいなあと思った。僕が家を出てからは普通のお肉入りに変わっていたりするのかも知れないが・・・。
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2004年07月31日

ドッジボール

 小学生の頃、お昼休みとかにドッジボールをするのが流行っていた。特別難しいルールもないから子供にとってはお手軽な遊びだったと思う。僕は外野にいてボールで中の人を狙うのがうまかった。右側の人を狙うと見せかけて左側にボールを投げて当ててしまうというフェイントとかも得意でいつの間にか僕はドッジボールのスターになっていた。男子も女子も一緒にやるので楽しかった。これからの人生でドッジボールをやる確率は限りなくゼロに近いと思うけど、また遊んでみたいなあと密かに思っている。
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2004年07月30日

大晦日の記憶

 中学一年生の時、大晦日を仲の良い友達で一緒に過ごそうという事になった。四人が参加する事になり、その中の一人の家で過ごす事になった。好きな曲を集めたカセットを選んだり、準備しながらわくわくしていた。
 当日、夕方になってその友達の家に集まった。その友達の家は小さな商店をやっていて、お母さんがお店のお菓子をたくさん差し入れしてくれた。交代でそれぞれが持ってきた音楽を聴いたり、ゲームをしたりして過ごした。
 十二時が近づいた頃、僕達はどん兵衛のそばを食べた。そしてめでたく新しい年をみんなで迎えた。結局朝まで起きていた。みんなで過ごしているから時間があっという間に過ぎていった。徹夜をするのって楽しいんだなあと思った。
 朝、友達のお母さんが作ってくれた朝ご飯をみんなで食べた。九時頃、みんな帰る事にした。外に出てみんなで、「今年もよろしく」と言い合い別れた。家に帰る途中、少しだけ寂しくなった。
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2004年07月28日

廃墟の記憶

 子供の頃、近くに大きな社宅があった。かなり古かったので、建て替えが行われる事になり、住んでいる方がしばらくの間、転居している間、そのまま放置される事になった。でもなかなか工事は始まらず、結構長い間、ほったらかしのままになっていた。僕は近所の女の子達とよくそこで遊んだ。銭湯跡でお風呂ごっごをしたり、比較的綺麗な空き家に入っておままごとをやったりした。一応室内なのでエッチな遊びもやった。今思えば、子供の頃一緒に遊んだ女の子達はみんなエッチだったような気がする。僕はされるがままだった。

 廃墟と女の子と僕の記憶。それはいつ思い出してもそこはかとなく切ないものだ。
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2004年07月22日

母と鰻

 昔、母が入院していた病院の近くに魚屋さんがあって、いつもお店の前で、さばいた鰻を焼いていて、いい匂いがその辺りに漂っていた。その時、母は二人部屋に入っていて、まあまあ体調がよかったみたいだったので、鰻を食べたいか訊いてみた。母は食べたいと言った。僕は同じ部屋の女性の方の分と二人分、その魚屋さんで鰻を焼いてもらった。病室に持っていくと、母も同室の女性も喜んでくれた。病院を出た後、僕も鰻を食べればよかったのに、何故かラーメン屋さんに入り、ラーメンを食べて帰った。
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2004年07月20日

コロッケ

 子供の頃はコロッケが嫌いだった。コロッケを何故か自分の中でハンバーグの偽物だと思っていた。今思えば子供らしい話しである。子供の頃、肉そのものはあまり好きではなくて、ハンバーグだけは好きだった。だから土曜日とか、学校から帰って来て、お昼ご飯がコロッケだったりすると、がっかりした。

 時は変わって、今はどうかと言うと、コロッケは好きである。好きだけど、どっちかと言うとメンチカツの方が好きである。さらに言うと、メンチカツよりはハンバーグの方が好きである。何だかいつまでたっても子供の味覚だなあと思ってしまった。
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2004年07月19日

茄子

 子供の頃は茄子が嫌いだった。食わず嫌いなんだけど、どうしても食べられなかった。大学に入って、友達と居酒屋へ行った時に、焼き茄子を食べた。びっくりした。こんなにおいしいものがあるのか!と思った。それからは茄子が大好きになった。焼き茄子も茄子の天ぷらもおいしく食べられるようになった。舞茸と茄子を塩、胡椒を軽くして炒めて、そうめんを食べる時のかやくにするとおいしいです。
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2004年07月18日

プラモデル

 小学校低学年の頃、学校へ行く途中に文房具屋さんがあって、文房具の他にプラモデルなんかも売っていた。僕はそのお店に行って、プラモデルの箱を手に取って見るのが好きだった。いちばん小さいサイズのプラモデルは確か100円くらいだったと思う。結構いろんな種類があって充実していたのを憶えている。
 お小遣いがある程度貯まると、100円のプラモデルをじっくり選んで一個買うのが楽しみだった。そんな風にして週に一個のペースで買っていた。いちばんのお気に入りはドイツ軍の、「シュビム・ワーゲン」という水陸両用の軍用車のプラモデルだった。船みたいな形の車体にタイヤが付いていて、それが可愛く感じて好きだった。
 大人になってプラモデルを買う事はなくなったけど、久しぶりに玩具屋さんで探してみようかなあと思った。吉祥寺にはユザワヤもあるしね。
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2004年07月17日

お相撲さん

 小学校の五年生の時、転校したんだけど、その転校先の学校には土俵があった。別に相撲の授業があるわけではないのだが、年に一回、相撲大会が開かれていた。もやしみたいにひょろひょろの同級生が意外に強くてびっくりしたのを憶えている。六年生の時、学校に関取がやって来た。名前は忘れたけど、結構人気のある力士だったと思う。みんなで力士と相撲をとらせてもらった。間近に見るお相撲さんは本当にでかかった。行事が一通り終わった後、記念写真を撮った。今、テレビでK1をやっていて、ふとそんな事を思い出した。
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2004年07月16日

初めての坊主頭

 高校生になって、友達数人とバレーボール部に入った。軽い気持ちで入ったんだけど、楽しかった。練習は厳しかった。全日本に入った選手を育てた事もあるらしく顧問の先生は厳しい人だった。いわゆる体育会系のノリも体験した。部室は狭かったけど何だか落ち着く事ができて好きだった。
 初めての試合が近づいた時、先輩から、「坊主にしてこい」と言われた。僕達はみんなで学校の近くの散髪屋さんに行き、まず、外でみんなでジャンケンをした。僕が最初に負けて、最初に坊主になる事になった。バリカンでいわゆる、「五厘刈り」というものに仕上がった。
 終わったあと、みんなに笑われた。僕も可笑しかった。友達が刈るたびにそれが繰り返された。全員が綺麗に坊主姿になり、近所のラーメン屋でラーメンを食べて別れた。坊主頭はなかなか気持ちがよかった。練習の途中で休憩する時など、頭から水をかぶってもすぐに乾いた。
 その後、すっかり体育会系とは縁がなくてずっと文系で生きてきたけど、たまにあの頃の事を思い出すと、あれはあれですごく楽しかったなあと思うのだ。
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2004年07月14日

THE WHOとの出会い

 THE WHOを初めて聴いたのは、「カンボジア難民救済コンサート」をNHKで放映した時だ。いきなり映像も見たわけだからぶっ飛んだ。キース・ムーンはいなかったけれど、それでもものすごいインパクトで僕をノックアウトした。会場の異常な盛り上がり具合に圧倒された。髭面の鼻のでかい男が腕をブンブン振り回しながらシェクターの黒のテレキャスターを弾いていて、何だかとてもカッコよかった。それがピートとの出会いだ。あの演奏の時の異様な盛り上がりはいまだに忘れない。こんなに人気のあるバンドがいるんだなあとびっくりしたくらいだ。
 その頃、「YOU BETTER YOU BET」という曲が、そこそこ日本でもヒットしていて、僕は一気にTHE WHOの虜となった。中学の時、ビートルズやストーンズは知っててもWHOは知らない友達がほとんどだった。
 高校の時、メタル好きの友達が多い中、一人、WHOを聴かせてまわりハードさを競ったりしていた。今思えばTHE WHOをみんなに知ってほしいと強く願っていた。そんなTHE WHOのライブをもうすぐ見る事が出来る。陳腐な表現だけど感無量である。
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2004年07月12日

究極の選択

 小学校高学年の頃だと思うが、ある時、母がレコードを買ってあげると言う。当然、好きなものを買っていいものだと思うのだが、実は違っていた。
 それは究極の選択だった。母はピンク・レディかエルビス・プレスリーのどちらかにしろと言うのだ。意味がよくわからなかったが、プレスリーはその頃知らなかったので、迷うことなくピンク・レディを選んだ。
 母は別に特別な反応もせず、ピンク・レディのレコードを買ってくれた。あれはいったい何だったんだろう。何か意味があったのかな。
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2004年07月11日

通信簿の記憶

 僕は小学校の六年間、通信簿にずっと同じ事を書かれ続けた。それは、「飽きっぽい」という言葉だ。二年ずつ、先生が替わるのに、みんな同じ事を書いたという事はやはり僕は飽きっぽかったのだろう。確かに自覚する出来事もあったから、きっと当たっているのだろう。絵を描いていても、途中で嫌になってきてしまう事がたくさんあった。集中力がなくなってしまうのだ。その後、この、「飽きっぽい」という言葉は先入観となって僕自身に植えつけられてしまった。
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2004年07月09日

漬け物のにおい

 小学五年生まで住んでいた家の近くに大きな漬け物工場があった。学校に行く時はその工場の前を通って行くのだけど、とにかく臭くて嫌だった。前を通る時は指で鼻をつまんでいたくらいだ。近くにはさらに大きな科学工場もあって、とにかくいろんな悪臭が街を覆っていたのだ。科学工場から来るにおいは慣れているのか、そんなに気にならなかったけど、漬け物工場のにおいだけは我慢できなかった。スーパーとかで売っている、そこの工場の漬け物は何だか食べる気がしなかった。

 もう何十年もあの辺りを歩いていないけど、あの漬け物工場は今でもあそこにあるのだろうか。少しだけ気になるなあ。
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2004年07月08日

宮崎のういろう

 「ういろう」と言えば名古屋のイメージが強いが、僕は、「ういろう」と言えば宮崎の、「ういろう」なのである。子供の頃、祖母の所へ遊びに行った帰りには、必ずお土産としてこの、「ういろう」を買っていた。普通の砂糖と黒砂糖をそれぞれ使った白と黒があり、食感はもちもちっとしている。子供の頃は白の方が好きだった。考えたらしばらく食べていないので、また食べてみたいと思った。

ういろう
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2004年07月06日

不思議な匂い

 子供の頃、外で遊んでいた時、地面に蟻の集団がいるのを見た。誰かが落としたお菓子の欠片に集まっていたのだ。僕は座り込んで、その蟻達の動きをじっと見ていた。彼等はお菓子の欠片を少しずつどこかに運ぼうとしていた。一列になって少しずつ運んでいた。僕はその中の一匹を指で摘んで持ち上げた。僕の指の中で小さな蟻は手足をばたばたさせてもがいていた。しばらくそのままにしていた僕は指に力を込めてその蟻を潰してしまった。潰した蟻をそっと鼻先まで持って行き、匂いを嗅いでみた。僕に潰された蟻はとっても香ばしい匂いがした。何だかとってもいい匂いだと思った。僕は蟻を地面に擦りつけて走って家まで帰った。
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2004年07月05日

魔法のジュース

 中学生の頃、通っていた塾に行く途中にジュースの自販機が設置してある所があった。
 ある日、塾帰りに友達数人と自販機でジュースを買おうと思ったら、何故かボタンの所が全部、照明がオンになっていて、試しにボタンを押してみたら何とジュースが出てきたのだ。僕達は顔を見合わせて驚いたが、次の瞬間にはもうボタンを押す事に集中していた。
 その日僕達はかなりの数の缶ジュースを鞄に入れて帰った。悪い事をしたなあと思いつつもワクワクしていた。
 次の日もジュースは出てきた。だがこの日、友達の一人が親にジュースをしこたま隠しているのを見つかってしまった。そんな風にして僕等の犯行は明るみに出てしまった。
 それぞれの親に連絡が入り、母に首根っこをつかまれてその自販機を管理している近くのお店まで連れて行かれた。次々に親と容疑者が集まり、お店の人に事情を話して謝った。お店の人は怒ると思っていたのに、自販機が壊れているのに気付いてなくて、逆に迷惑をかけましたと言った。親達がジュースの料金を払ってその事件は解決した。
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