2004年10月24日

草スキー

 小学五年生の夏から住んだ家は山の麓にあって自然にかこまれた住みやすい場所だった。家のある所から山への近道の所に小さな小川が流れていて、そこそこ大きな土手があった。僕はその土手でよく草スキーをやって遊んだ。
 段ボールを身体が乗るくらいに切って、それに乗っかって土手の上から滑るのだ。あっという間に下まで降りちゃうんだけど何回も繰り返して遊んだ。友達と遊ぶ事もあったし、一人で遊ぶ事もあった。
 普段、そこはあまり人が通らないから一人で遊ぶ時は貸し切りみたいで嬉しかった。草スキーで疲れると土手の上に寝ころんで青空を見上げたり、もの思いに耽ったりしていた。今思えば本当に贅沢な時間だったなあと思う。
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2004年10月14日

続・夜のジャングルジム

 少し前に、子供の頃のジャングルジムにまつわる思い出を書いた。ジャングルジムはほんとに好きだった。一番下の入り口から入り、中を自由に行き来するのが好きだった。鉄の棒の間をスルスルと抜けて上まで上ったり、蛇みたいに横に移動したりして楽しかったのを憶えている。
 大人になってからジャングルジムで遊んだ事がないと書いたけど、この間、仙台に行った時に公園にある古いジャングルジムを見つけて、彼女と二人で頂上まで登ってみた。頂上での景色は残念ながら遠くまで見わたせるという感じではなかったけれど、それでもジャングルジムでまた遊ぶ事が出来てとても嬉しかった。
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2004年10月04日

工場から聴こえる音楽

 僕が生まれた街には大きな工場がいっぱいあった。炭坑もあったので、結構栄えた街だったと思う。記憶が正しければ朝七時、正午、午後五時、午後十時にチャイムみたいな音で鳴る音楽をどこかの工場が流していて、それが街中に響いていた。 僕はそのチャイムみたいな音で鳴る音楽が大好きだった。特に夜十時に鳴る曲はもの悲しくて、それを聴くと一日の終わりをしみじみと感じて眠りに落ちるのであった。
 今、あの音が街中に流れているのかわからないけど、またあの音を聴きながら眠りたいなあと思ってしまった。
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2004年09月26日

お買い物

 子供の頃、母の買い物によくついていった。バスで出かけるのだが実際はそんなに遠くないのに、ものすごく遠い所まで行く気がしてわくわくしたものだ。いつも行くスーパーがあって、野菜や果物やお菓子などを見て回るだけで楽しかったのを憶えている。
 たまに少しだけ離れた所にあるスーパーに行くと、さらに豊富な品物があって嬉しかった。普段、何気なくスーパーで買い物をしているけれど、昨日、一人で買い物をしていて、ふと子供の頃の母との買い物の事を思いだして何だか懐かしくなってしまった。
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2004年09月22日

夜のジャングルジム

 小学校の五年生の時、転校したんだけど、引っ越した家の近くに公園があって、その中にジャングルジムがあった。夜、こっそり家を抜け出して、公園まで行き、ジャングルジムのてっぺんまで登り、夜空を見上げるのが好きだった。地面よりちょっとだけ空に近くて星も近い気がした。

 大人になってからジャングルジムにのぼった事がないような気がするので機会があればまたのぼって星空を見上げてみたいな。
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2004年09月15日

アイスクリームのケーキ

 子供の頃、クリスマスになると父の知り合いから毎年、アイスクリームだけで出来たケーキを貰っていた。小学生の頃までだったと思うけど、クリスマスが近づくと結構楽しみだったりした。一人で全部食べたいけど子供だから一度に全部は食べられなくて結局、何回かにわけて食べていた。今だったら一度に食べられるような気がするんだけど、どうかなあ。無理かなあ。でも食べてみたい気もするなあ。
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2004年09月10日

オンリー・ユー

 子供の頃、家にはたくさんレコードがあった。父の好きなジャズやムード・トランペットのレコードや母の好きな演歌や歌謡曲のレコード、僕の漫画の主題歌などのレコード。その中にプラターズの6曲入りのEP盤があった。ダブル・ジャケットでデラックス仕様の今でいうミニ・アルバムといった感じだろうか。僕はわけもわからず、たまにこのプラターズのレコードを聴いていた。何故かすごく大人の音楽って感じを抱いていた。代表曲である、「オンリー・ユー」は当時、福岡天神の新天町にある、「靴のナラザキ」のテレビCMのBGMに使われていて、みんな知っている曲だった。僕もCMでこの曲がかかると嬉しかった。という訳で、古い記憶をたどってみれば、僕の最初の洋楽体験はこのプラターズだったという事になる。何だか久しぶりに聴いてみたいと思った。
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2004年09月08日

給食あれこれ

 小学校の給食で好きだったのが、「じゃがいものきんぴら」だ。じゃがいものきんぴらなんて一般的じゃないかも知れないが僕は好きだった。ジャガイモと人参とあと何か入っていたと思うがピリ辛でおいしかった。
 あとはカレーうどんやスパゲティ・ナポリタン、フルーツポンチなども好きだった。フルーツポンチには白玉が入っていてこれがとてもおいしかった。あとはパンにつける味のないマーガリンも好きだった。遠足でこのマーガリンやジャムを作っている工場へ見学に行った事もあった。帰りにおみやげでジャムを貰ったのを憶えている。
 給食はお肉が入っていて、どうしても食べられない時は結構辛かったけど、それ以外はおいしく食べられた。たまに出るラクトアイスも楽しみだったなあ。
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2004年09月04日

猫の記憶

 猫に関する一番古い記憶は多分まだ三歳くらいの頃の記憶だと思う。宮崎のおばあちゃんに抱かれている、まだ赤ん坊の僕の写真があって、その隣に白い猫が寄り添って座っているのだ。確かな記憶はないけれど、何となく白い猫をおぼろげに憶えているので多分、この猫の事だと思う。縁側があっておばあちゃんや叔父や叔母に抱かれている僕の写真がたくさんあって、その何枚かには必ずその猫が一緒に写っている。
 白い猫とは結構縁があって、今住んでいる家の近所にもたまに遊んでくれる猫がいたり、電車から見える所に座っている猫もそうである。最近弱り切っている僕をあの頃の宮崎のおばあちゃん家の猫が天国からやって来て見守ってくれているのかも知れないなあ・・・なんて思ったりする。妄想は果てしなくって感じだ。

 関係ないけど、赤ちゃんの頃の僕は異様に頭がでかい事に気付いた。
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2004年08月26日

甘酒

 子供の頃、甘酒が大好きだった。冬になると母に甘酒を作ってくれとよく頼んだ。あのどろどろっとした味が好きだった。頻繁に作ってくれるわけではないので、甘酒を作ってくれると、とても嬉しかったのを憶えている。大人になった今でも冬になるとたまに甘酒を飲みたくなる事がある。でも甘酒って好き嫌いが分かれる飲み物なんだろうなあ。

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2004年08月24日

赤チン

 子供の頃、外で遊んでいてよく転んだ。だから生傷だらけだったんだけど、怪我と言えば赤チンだった。あの独特な色とにおいの赤チンは何とも言えない魅力というか、そんなものがあって怪我をすると痛いのに赤チンのことを考えて嬉しかったりした。ひざの上に赤く残る赤チンの痕は何だかとても誇らしいもののように思えた。子供って単純だなあと今では思うけどね。
 ところであの魅惑的な赤チンは今でもあるのかなあ。薬局に行って探してみようかな。
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2004年08月21日

紙細工

 子供の頃、紙を使って何かを作るのが好きだった。人形を作ったり、ギターを作ったり、とにかくいろんな物を作った。その中でも一番熱心に作ったのは野球場である。画用紙を使い、グランドやスタンドなどを色鉛筆で丁寧に塗って作った。大きさはちょうどCDくらいで、後楽園球場や甲子園球場や平和台球場などを作った。うまく出来ると、とても嬉しくて友達に見せびらかしていた。例えいい反応がなくても別によかった。最後まで作り上げた時点で満足していたからだ。そう言えば夏休みの宿題というか工作でグローブも作った。これも画用紙を使い、色鉛筆で仕上げた。ちゃんと中に手が入るようにして、カラーボールでのキャッチボールならちゃんと耐えられる強度だった。いろいろ思い出したらまた紙で何か作ってみたいと思った。
posted by 慈音 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の淵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月18日

お米大好き

 子供の頃、米櫃の中に手を突っ込んで、かき回したり、掌にお米を持って雨を降らすように落としたりして遊ぶのが好きだった。あのお米の感覚が好きだった。母は、「この子は何をしてるんだろう?」みたいな感じで見ていたが、僕はお構いなしにお米の感触を楽しんでいた。そこにはお米が大好きで、お米に対する愛おしさもあったと思う。大人になってからもたまに無性にお米の中に手を突っ込みたくなる。お米って食べてもおいしいけど、その存在自体がいいなあと思うのだ。
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2004年08月17日

鵜戸神宮

 宮崎に鵜戸神宮という所がある。日南市の日向灘を臨む断崖の中程にある海食洞と言われる洞窟の中に御本殿が造られている壮大な景観の場所である。
 子供の頃、宮崎のおばあちゃんの家に遊びに行った時に、何回か行った事があった。洞窟の中に、「御乳岩」と言われる岩があり、これがここの見所の一つなのだが、みんなが、「おっぱい岩」と呼んでいたその岩はどう見てもおっぱいには見えずに、子供の僕は不思議な気持ちで眺めていた。御本殿がある前の海に、「亀岩」と言われるものがあり、「運玉」と言われる素焼きの玉を投げて、亀岩の窪みに入ると願いが叶うと言われていた。僕も投げてみたが多分一個も入らなかったんじゃないかなあと思う。
 今、思い出してもあの景観は見事で、また宮崎に行く事があったら訪れてみたい場所である。
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2004年08月14日

デビの記憶

 小学五年生の時、引っ越しをしたんだけど、新しい家の近くに住んでいる人がポメラニアンを飼っていた。小さくて走るのが速くて僕にもなついてくれた。名前は、「デビ」だった。小学校から帰って来ると、嬉しそうに駆け寄って来て、僕の足下にじゃれついた。僕はそんなデビが大好きだった。でも、いるのが当たり前だったデビも僕が中学三年生になった時、病気になって死んでしまった。知らせを聞いた時はすぐに実感がわかなかった。でも夜になって、いろんな事を思い出したら涙がとまらなくなった。

 大人になってテレビでデビ夫人を見るたびにデビの事を思い出した。元気に駆け回っている光景がいつも浮かんだ。
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2004年08月13日

かるかん饅頭

 子供の頃、鹿児島銘菓である、「かるかん饅頭」が大好きだった。独特のもちもちっとした食感がたまらなく好きだった。従兄が鹿児島の大学にいた頃はよくおみやげで買ってきてもらったし、宮崎にも売っていたので、おばあちゃんの家に遊びに行った時は、「ういろう」と、「かるかん饅頭」を必ず買って帰った記憶がある。素朴な味のお菓子っていいなあと思う。もう久しく食べていないので何だか無性に食べたくなってしまった。

karukan
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2004年08月12日

白菜漬け

 子供の頃、白菜漬けが苦手だった。食卓に出ても絶対手をつけなかった。
 ある日、友達の家に遊びに行ったら、友達は食事中だったので、待っている事にした。待っている間、その友達がおいしそうに白菜漬けを食べているのを見て、何だか無性に白菜漬けが食べたくなった。その友達は本当においしそうに食べていた。
 その後、友達と遊んでいても頭の中は白菜漬けでいっぱいだった。遊び疲れて友達と別れて、家に帰った。夕食の時、食卓に白菜漬けが出たので、僕は普通の顔をして白菜漬けを皿に取って食べて見た。いやあ、おいしかったね。シャキシャキッとしてすごくおいしかった。母には笑われてしまったけどね。
 今ではご飯とお味噌汁と白菜漬けがあれば満足出来る人になりました。
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2004年08月11日

ラクダの背中

 小学生の頃、夏休みに宮崎のおばあちゃんの家で過ごした時、叔父が集まっていた三、四人のいとこ達を、「宮崎こどものくに」という遊園地に連れて行ってくれた。あまり詳しくは憶えていないんだけど、ごく普通の遊園地だったような気がする。僕達はそこでラクダに乗る事が出来た。いとこ全員が交代でラクダに乗ったんだけど、コブとコブの間に座っているとものすごく高い所から景色を見ているようで興奮したのを憶えている。普段、猫や犬しか見た事がなかった僕はラクダの大きさに感動していた。

 今でも、「宮崎こどものくに」ではラクダに乗る事が出来るのだろうか。仮に乗れるとしても、大人になった僕は乗せてはくれないだろうなあ。
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2004年08月10日

 子供の頃、友達の間で誰が一番、「チュッパチャップス」を長くなめていられるかを競うのが流行った。みんな、それぞれに、「30分もった」とか、「45分いったばい」とか言い合っていた。僕も負けないようにと挑戦するのだが、いつも駄目なのである。僕は途中でバリバリとかみ砕いてしまう癖があるのだ。これは飴全般に言える事で、飴を最後までなめた事がないのだ。今日は最後までもたせるぞ!と思っても駄目なのだ。噛みたくて噛みたくてしょうがない。気がついたらバリバリにかみ砕いている。だから僕は一度も、「チュッパチャップス」大会で勝った事はなかった。
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2004年08月09日

日曜学校の記憶

 小学生の頃、通学路の途中に、「救世軍」の教会があった。そこでは日曜日に、「日曜学校」という催しをやっていて、子供達が行くとお菓子をくれるという話だった。その話を聞いた僕は友達数人と、「日曜学校」に参加してみる事にした。
 当日、みんなで待ち合わせをして教会に出向いた。中には結構たくさんの子供達が集まっていた。小さな小冊子をもらい、聖書についてお話があった(その辺はよく憶えていないけど)。その後、歌も歌ったような記憶がある。僕はその光景の中にいて、ドリフみたいだなあ、なんて思っていた。
 最後にみんなお菓子をもらって帰った。その後、何回か行った友達もいたけど、僕はそれっきり行く事はなかった。
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